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東京高等裁判所 平成元年(ラ)382号 決定 1990年1月16日

抗告人(補助参加人)

植村秀三

相手方(原告・反訴被告)

在原敏勝

右訴訟代理人弁護士

飯野紀夫

被参加人(被告・反訴原告)

在原優子

右訴訟代理人弁護士

野本俊輔

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件補助参加の申出を許可する。異議により生じた訴訟費用は相手方の負担とする。」との裁判を求める、というのであり、その理由は、要するに、抗告人は、さきに、公証人として、亡在原周記(以下「亡周記」という。)を嘱託人かつ遺言者とする遺言公正証書を作成したものであるところ、(1)相手方は、右公正証書は、亡周記を僣称する替え玉が嘱託人かつ遺言者となって作成された不実のものであると主張しているが、相手方の右主張が認められると、公証人法七四条以下の監督と懲戒の事由が生じるのみならず、抗告人の所為が刑法一五六条の虚偽公文書作成罪を構成する可能性もあるから、抗告人は右公正証書の効力の有無につき公法上の利害関係を有する、(2)同時に、右の替え玉の主張は公証人の名誉を侵害するものであるから、抗告人は倫理上の利害関係を有する、(3)また、相手方の右主張が認められ、公正証書による遺言(遺贈)が無効ということになると、抗告人の作成した右公正証書が有効であると信頼して被参加人から亡周記の遺産の一部を買い受けた株式会社明豊は、抗告人の職務行為の違法を主張して国家賠償請求に及ぶおそれがある(抗告人は国家賠償法一条二項により求償を請求される可能性がある。)から、抗告人は私法上の利害関係を有する、(4)更に、亡周記は、右公正証書を作成するに当たり、推定相続人である相手方の廃除を希望したが、抗告人がそのような強硬手段をとる必要はないであろうと助言した結果、これに従って相手方廃除の遺言を思いとどまったのであるところ、抗告人が右のような助言をせず、亡周記が相手方を廃除する旨の遺言をしていたならば、相手方が、本件訴訟において本件土地建物の所有権取得原因として主張している生前贈与の主張をすることは、実際上、著しく困難であるか、あるいは、不可能となっていたであろうから、相手方の右生前贈与の主張が認められることがあると、被参加人は、抗告人の教示義務違反を理由として国家賠償請求に及ぶおそれがあり、抗告人は右生前贈与の成否につき私法上の利害関係を有する、というのである。

二記録によれば、本件訴訟における当事者双方の主張は、次のとおりである。

相手方(原告)は、本訴の請求原因として、亡周記から生前贈与を受けて本件土地建物及び動産類(以下「本件土地建物等」という。)の所有権を取得した、と主張して、被参加人(被告)に対し、これらの所有権の確認及び本件土地についての所有権移転登記手続を求めた(相手方は、予備的に、被参加人の主張する遺贈が有効になされていた場合のため、遺留分減殺に基づく請求をしているが、この請求は本件補助参加の許否に直接関係するものではない。)。これに対し、被参加人は、相手方主張の生前贈与の事実を否認するとともに、仮定的に右贈与契約の合意解除を主張した。

他方、被参加人(反訴原告)は、反訴の請求原因として、抗告人の作成した亡周記の遺言公正証書に基づく遺贈により本件建物の所有権を取得した、との主張を前提として、相手方(反訴被告)に対し、その明渡し及び明渡しまでの損害金の支払を求めた。これに対し、相手方は、右公正証書は、亡周記本人ではなく同人を僣称する替え玉が公証役場に出頭し、公証人(抗告人)がこれを亡周記本人と誤認した結果作成されたものであるから、無効であり、したがって遺贈もその効力を生じないなどと主張した。

三1 ところで、抗告人が利害関係を持つと主張する本件公正証書ないしこれに基づく遺贈の効力の有無及び本件生前贈与の成否は、いずれも本件訴訟における本案判決の理由中の判断事項にすぎず、抗告人は、本件訴訟物(本件土地建物等の所有権ないしこれに基づく物権的請求権等)それ自体についての判断に利害関係を有するものではない。しかし、補助参加制度の趣旨にかんがみると、本件のように、右の公正証書ないしこれに基づく遺贈の効力の有無及び生前贈与の成否が訴訟の中心的な争点となっている場合に、抗告人が訴訟物それ自体についての判断に利害関係を有しないとの一事をもって抗告人は補助参加の利益を欠くと断ずるのは相当ではなく、すすんで抗告人の主張する利害関係の性質・内容、その程度を検討した上でその許否を決すべきものと解される。

2  そこで、まず、本訴請求との関係で抗告人の利害関係いかんを検討するに、本訴における請求の当否は、相手方が本件土地建物等の所有権取得原因として主張する生前贈与の成否によって決せられるものであるところ(被参加人の主張する遺贈は、この点に関係する防御方法にはなり得ない。)、抗告人は、本件訴訟において相手方の右生前贈与の主張が認められ、被参加人が敗訴すると、被参加人が抗告人の教示義務違反を理由として国家賠償請求に及ぶおそれがあり、抗告人は、国家賠償法一条二項により求償を請求されるなど不利益を受ける可能性があるから、右生前贈与の成否につき私法上の利害関係を有するとする。しかしながら、既になされている生前贈与は、後日受贈者である相続人が廃除されることによってその効力が左右されることはなく、また、抗告人の主張するように、廃除をしていれば相手方が本件訴訟において生前贈与の主張をすることが著しく困難であるか、あるいは、不可能となっていたであろうというのは、せいぜい事実上の関係にすぎないから、結局、抗告人の助言、すなわち、亡周記が廃除する旨の遺言をしていたかどうかということと、右生前贈与の主張が認められるかどうかということとの間には、法律的な因果関係はないといわなければならない。したがって、抗告人は右生前贈与の成否につき私法上の利害関係を有するものとはいえない。

3  次に、反訴請求との関係で抗告人の利害関係いかんを検討するに、反訴請求の当否は、専ら被参加人が本件建物の所有権取得原因として主張する亡周記の遺言公正証書に基づく遺贈の効力いかんによって決せられるものであり、この関係では、右公正証書は亡周記を僣称する替え玉が嘱託人かつ遺言者となって作成されたとの主張の真否が問題となるところ、前記のとおり、抗告人は、右公正証書ないしこれに基づく遺贈の効力の有無につき公法上、倫理上及び私法上の利害関係を有する旨主張する。

しかし、まず、公法上の利害関係については、公証人法七四条以下の監督と懲戒の事由の発生は、既に抗告人は公証人の職を辞していることが記録上明らかであるからもはや問題になる余地がないものであるし、抗告人の所為が刑法一五六条の虚偽公文書作成罪を構成する可能性があるという点も、過失による同罪の成立を考える余地がない以上、本件に関し抗告人が右の罪により刑事訴追を受けることは現実にはあり得ないことと考えられ、このような抗告人の主張自体理由がないものというべきである。

また、抗告人のいう倫理上の利害関係は、ひっきょう、心理的、感情的な問題に帰するものであって、補助参加の利益を理由づけるものということはできない。

更に、私法上の利害関係については、記録によれば、被参加人は、昭和五七年六月二九日、亡周記から遺贈を受けた物件のうち一筆の土地を株式会社明豊に対して売り渡していることが認められるから、本件訴訟において遺贈の効力が否定された場合には、抗告人の主張するように、所有権を取得することのできなかった右株式会社明豊が抗告人の職務行為の違法を主張する可能性がないとはいえない。しかしながら、右の土地は本件反訴請求の目的となっているものではなく、その目的となっている本件建物と共に同一の公正証書遺言により被参加人に遺贈された、という関係があるにとどまるから、その利害関係は間接的なものにすぎず、このような間接的な利害関係をもってしては、抗告人が相手方と被参加人との間の訴訟に介入することを正当化するに足りるものではない、と解すべきである(なお、付言するに、右公正証書は替え玉が嘱託人かつ遺言者となって作成されたとの相手方の主張が認められ、被参加人が敗訴したとしても、右公正証書作成の嘱託に関係したことを自認する被参加人が、抗告人の職務行為の違法を主張して国家賠償請求に及ぶとは考え難く、仮に訴えを提起されても、抗告人が敗訴する事態を生じ得ないと考えられるから、これを考慮に入れて補助参加の利害関係を判断する必要はない。)。

4  以上によれば、抗告人は、民事訴訟法六四条所定の「訴訟ノ結果ニ付利害関係ヲ有スル第三者」には該当せず、本件補助参加の申出は理由がないこととなるからこれを却下すべきである。

四よって、右と結論を同じくする原決定は相当であり、本件抗告を理由なしとして棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官吉井直昭 裁判官小林克巳 裁判官河邉義典)

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